むぎた徹のオフィシャルウェブサイト

ひとりごとです


10月5日の金沢市長選挙において、前職市長が圧倒的な市民の支持を受けて当選されました。
私が言うのもなんですが、「ご当選、おめでとうございます」
今回の選挙でも「圧倒的な民意に、押し流された」と、感じています。

長期にわたり市政が混乱していたことは、大きな問題だと感じていますが、
ちょっと、自分で納得がいかないので「つぶやき」ます(きっと誰も見てないだろうから)。

さて、時系列でいきますと、
22年10月(市長選1か月前)
「市長選で応援があれば、当選(市長として)後車券場設置に協力する」と念書に私印を押す。
(ムギ)ここまでは議員なので、たぶん当選すると思ってなかっただろうから、理解出来ます。

22年12月(市長選当選)
予想に反して、市長に当選されました。
この後、しばらくやり取りは有ったようですが、詳しくは解りません
(ムギ)ただ、この時期に公表された「問題の資料」以前の段階が有ったと予想します。

23年7月(市長として約半年が経過)
この時点で、私印とはいえ、同意文書に押印
(ムギ)この行動が問題、市長としてはやってはいけない行為(議員と首長の権限が違う)
23年9月(議会で車券場の請願が不採択になる)
地元住民の反対が強く、議員も反対(21:18)を選択しました、
(ムギ)この施設によって雇用や税収増が見込まれる点では悩ましかった。
この後も、車券場について、陳情などが出て来ていたけど、住民の反対の声が優先された。
ずっとくすぶっていた感じがします。

24年6~9月(問題の資料の時期)
市議数人も加わり、車券場とそれに代わる代案などが協議されていた内容の資料です。
(ムギ)かかわった市議を指摘する方もいますが、市議は要望者に市長を合わすことも
重要な仕事ですので、なんら問題は無いと考えています(ちょっとやりすぎですが・・・)。
ここで問題は、車券場がかなわなかった場合の代替案です。
車券場が入った場合約200万円/月の家賃収入が予想されていたようですが、それとほぼ同額
の家賃で市の施設を入れるとの案であります(あまりに高額なので失敗に終わる)。
これこそ市長としては大問題で、未遂とはいえ資質が無いと言わざるをえません。
何度も言いますが「議員」と「首長」では雲泥の差が有ります。

24年12月でも取りざたされて(念書があったことがこのころ公表された)

25年3月議会の後で市長が議会に向けて説明会を開きました。
この時「念書、同意文書と24・8月以降接触は無かった」と釈明されました。
(ムギ)残念ながら今回の「問題の資料」で、この時の釈明に整合しない点が出てきました。
たとえ、なんとなくでも46万人を代表する人が、信用できないのは残念です。

そして、今年8月に、「問題の資料」が公表されました。
自ら責任をとってお辞めになりました。
(ムギ)ここでも、巷では「議会が辞めさせた」みたいになってましたよね、
でも、皆さん考えて下さい、市を代表する市長ならば、ちゃんと潔白を証明して欲しかった。
「金沢に百条委員会はふさわしくない」って、百条委員会がふさわしい街ってどこにありますか?
百条委員会を開かざるを得ない状況にしたのは誰なんでしょう?
説明の委員会も出席されませんでした、ご自身の潔白を証明するより、大事な用事って・・・?
あの連合審査会の日程は、後の選挙の妨害にならない限界の日程でしたので、ひょっとして
そのことを解ってて・・・、指定したのか?と勘ぐってしまいます。
市長は46万人の代表である、ということを市民の皆さんには考えて欲しかった。

ともあれ、選挙で民意が再度市長を選んだことは、真摯に受け止めなければなりませんし、
もうこのようなことが二度とないことを願うものであります。
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